こんにちは、大田区議会議員の佐藤なおみです。
「大田区は学校給食費が無償になって、本当に助かります」
最近、地域の皆さんから、こうした嬉しいお声をたくさんいただくようになりました。子育て世帯の負担を少しでも軽くしたい、その一心で議会でも訴え続けてきた私にとって、これほど励みになる言葉はありません。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。
しかし同時に、安堵の声のすぐ隣で、新たな疑問の声が生まれていることも、私は痛いほど感じています。
「給食はありがたいけど、結局、体操服も上履きも買わなきゃいけない。ドリルや副教材も…」
「義務教育なのに、どうしてこんなに色々とお金がかかるんだろう?おかしくないですか?」
その通りです。皆さんがそう感じるのは、至極当然のことだと、私も思います。その感覚は、決して「贅沢な悩み」などではありません。それは、この国の教育の根幹に関わる、本質的な問いかけです。
今日は、この「無償化」という言葉のからくり、そして私たちが直面している義務教育の「見えない負担」について、過去の歴史や他の自治体との比較も交えながら、皆さんと一緒に、より深く考えてみたいと思います。
第1章:過去 -「親が負担するのが当たり前」だった時代
まず、少しだけ時計の針を戻してみましょう。私たちの親世代、あるいは祖父母世代が子育てをしていた時代、状況は今よりもっと厳しいものでした。
戦後の復興から高度経済成長期にかけて、日本の公教育は「最低限の教育機会を全国民に平等に提供する」ことを最優先の使命としていました。国が保証したのは、まさに校舎と教員、そして教科書だけ。それ以外の、学校生活に必要なもの全て、つまり**文房具から体操服、給食費に至るまで、そのほとんどを親が負担するのは「当たり前」**のことでした。
当時は、地域コミュニティが今よりもずっと強く、お下がりを融通し合ったり、近所で助け合ったりする文化が、その「当たり前」を支えていた側面もあります。しかし、その裏で、経済的な理由から子どもに必要なものを十分に買い与えられず、肩身の狭い思いをさせてしまったと、胸を痛める親御さんがたくさんいたことも、私たちは忘れてはなりません。
この「親の負担が当然」という考え方が、少しずつ変化してきたのが、2000年代以降です。社会の成熟とともに、教育における「機会の平等」がより強く意識されるようになり、就学援助制度の拡充や、自治体独自の支援策が模索されるようになりました。
そして、近年の「給食費無償化」の流れは、この長い歴史の中で、「子どもの育ちに関わる費用は、親だけでなく社会全体で支えるべきだ」という、新しい価値観への大きな転換点なのです。私たちは、歴史的な前進の真っ只中にいる。だからこそ、ここで立ち止まってはいけないのです。
第2章:現在 -「完全無償化」と「実質無償化」の大きな溝
では、現在地である2025年の大田区を見てみましょう。
「無償化」という言葉が一人歩きしがちですが、その実態は「完全無償」と「実質無償」の間に、まだ大きな溝が存在します。
大田区で「完全無償」のもの(所得制限なし)
- 授業料・教科書代(国の制度)
- 学校給食費(大田区の制度)
この2つは、所得にかかわらず、全てのご家庭で負担がありません。特に給食費の無償化は、年間で約5万円前後の負担がなくなる計算となり、その効果は絶大です。
「見えない負担」として残るもの
しかし、入学説明会で渡される、あの長い長い準備リストを思い出してみてください。
ある調査によれば、小学校入学時にかかる学用品などの費用は、平均で5万円から7万円にもなると言われています。
- 体操服、体育館履き、上履き
- 通学用のカバン(ランドセルや指定バッグ)
- ドリルや資料集などの副教材
- 絵の具セット、習字セット、リコーダーなどの教材
- ノート、鉛筆などの細々とした文房具
これらは、所得にかかわらず、全ての家庭が原則として負担しなければなりません。
つまり、現状は「完全無償化」ではなく、経済的に困難な家庭を「就学援助制度」で支えることで、なんとか教育機会を担保しようという「実質無償化」の段階に留まっているのです。この「就学援助制度」は、所得が一定基準以下のご家庭を対象に、学用品費などを定額で援助する重要なセーフティネットです。しかし、そもそも「なぜ、所得にかかわらず全ての家庭が、この『見えない負担』を負わなければならないのか?」という、根本的な疑問が残ります。
第3章:他の区との比較で見える、大田区の現在地
ここで、他の自治体の状況と比べてみましょう。23区内でも、その対応は様々です。
- 学校給食費:
大田区は、品川区や世田谷区、北区などと共に、いち早く給食費の完全無償化に踏み切った、先進的な自治体の一つです。これは、私たちが胸を張るべき点です。 - 学用品費などへの支援:
残念ながら、体操服やランドセルといった学用品費まで「全員無償」としている区は、今のところありません。ほとんどの区が、大田区と同様に「就学援助制度」の枠組みで対応しています。
しかし、中には独自の工夫をしている自治体もあります。例えば、江戸川区では、新入学の際に就学援助の対象となる家庭に対して、制服や学用品を「現物で支給」する取り組みを行っています。これは、金銭の支給だけでなく、確実に子どもたちに必要なものが届くようにという配慮であり、参考にすべき点です。
この比較から分かるのは、大田区の給食費無償化は先進的である一方、「見えない負担」という課題は、どの自治体も悩みながら模索している共通のテーマだということです。だからこそ、大田区が次の一歩をどこに踏み出すのかが、今まさに問われています。
第4章:義務教育なのに、なぜ?私たちの疑問と、制度の壁
「体操服がなければ、体育の授業に参加できません」
「上履きがなければ、校舎に入れません」
「指定のドリルがなければ、宿題ができません」
これらは、学校生活を送る上で、事実上の「必需品」です。教科書と同じように、これらがなければ義務教育を受ける上で大きな支障が出ます。
にもかかわらず、なぜこれらが無償ではないのか。
行政の説明は、概ねこうです。「教科書は、教育課程に必須の『教材』である一方、体操服や文房具は、各個人が所有し使用する『学用品』だから」。
しかし、本当にそうでしょうか?
私は、この線引き自体が、もはや今の時代に合っていないのではないかと強く感じています。家庭の経済状況にかかわらず、全ての子どもたちが、誰一人臆することなく、同じスタートラインに立って学校生活を送る。それこそが、義務教育の本来あるべき姿ではないでしょうか。
体操服のデザインや価格が、家庭の負担になっている。入学時の出費があまりに大きく、家計が圧迫される。その結果、子どもが「うちは貧乏だから」と、惨めな思いを抱えてしまう。そんな状況は、絶対にあってはならないと考えます。
終わりに -「見えない負担」をなくすために
では、どうすればこの状況を変えられるのでしょうか。
もちろん、財源の問題は簡単ではありません。「全てを無償に」と叫ぶのは簡単ですが、その財源は、皆さんが納めた大切な税金です。責任ある議論が必要です。
しかし、諦めるわけにはいきません。私は、具体的な次の一歩として、以下のような提案を議会でも訴えていきたいと考えています。
就学援助制度の拡充と周知徹底
まずは、今あるセーフティネットを、より強固にすることです。所得制限の基準を緩和して対象となるご家庭を増やし、援助額を実態に合わせて引き上げる。そして何より「こんな制度があるなんて知らなかった」という声がなくなるよう、周知の方法を抜本的に見直すべきです。
「現物支給」という新しい選択肢の検討
例えば、新入学の際に、全ての子どもたちに同じ上履きや、基本的な文房具セットを「現物で支給する」という方法も考えられます。これにより、家庭間の経済的な差が見えにくくなり、子どもたちの心の負担を軽くする効果も期待できます。
「学校指定用品」のあり方の見直し
そもそも、高価な指定品が本当に必要なのか。もっと安価で、家計に優しい選択肢はないのか。学校や教育委員会、そして保護者の皆さんが一緒になって、聖域なく議論する場が必要です。
「義務教育なのにおかしい」。
その、皆さんの素朴で、しかし本質的な感覚は、決して間違っていません。
この現状を変えるには、皆さんの声が必要です。「うちも大変だった」「もっとこうしてほしい」。その一つひとつの声が、行政を動かし、議会を動かす大きな力となります。
私も、大田区議会議員として、この「見えない負担」を可視化し、全ての子どもたちが経済的な心配なく、笑顔で学校に通える大田区を目指して、議会の場でこの声を届け続けていきます。
教育は、未来への投資です。その投資を、私たちは決して惜しんではなりません。
皆さんと一緒に、一歩ずつ、この壁を乗り越えていきたいと思います。
大田区議会議員 佐藤なおみ
ご意見やご相談はこちら
佐藤なおみへのお問い合わせ