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「家賃53,700円の壁」を知っていますか?生活保護の方の賃貸物件はどのように決まる?住まいの過去や現在について

大田区議会議員の佐藤なおみです。

突然ですが、皆さんは子どもの頃の食卓の光景を覚えていますか?
私の記憶にあるのは、いつも少しだけ寂しい食卓です。ちゃぶ台に並ぶおかずの数が、友達の家よりも少ないこと。新しい服や文房具を、なかなか買ってもらえなかったこと。子ども心にも、「うちは、たぶん貧しいんだ」とはっきりと感じていました。両親は朝から晩まで必死に働いていましたが、その顔にはいつも疲れの色が浮かんでいました。お金のことで、両親が声を潜めて話していた夜があったことも、今では鮮明に思い出せます。

大人になり、政治の道を志すようになってから、ふと確信に近い想いを抱くようになりました。「もしかしたら、あの頃うちも生活保護でお世話になっていたのかもしれない」と。

両親がその事実を幼い私に告げることはありませんでした。おそらく、子どもに余計な心配をかけたくないという親心、そして「世間からどう見られるか」という、今よりもずっと強かったであろうプレッシャーがあったのだと思います。

もし、そうだったとしたら。あの頃の我が家を支えてくれた制度があったからこそ、雨風をしのげる家で眠り、学校に通うことができた。そして、今の私がいる。その事実は、私の政治活動の根幹をなす「原点」です。「住まいは人権である」。これは、誰もが生まれながらに持つ権利です。

しかし、生活に困窮し、生活保護というセーフティネットを必要としながら、その住まいすら確保することが困難である、という厳しい現実があります。この問題は、決して他人事ではありません。私たちが暮らす大田区で、今まさに起きていることです。

今回は、この「生活保護と住まい」の問題について、その「昔」はどうだったのか、「今」何が起きているのか、そして私たちが目指すべき「未来」はどのような姿なのか。私の経験と想いを交えながら、少し詳しくお話しさせてください。

自己責任の言葉に埋もれた声。住まいが「保障」でなかった時代

今でこそ、憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の中に「住まい」が含まれることは常識とされています。しかし、ほんの数十年前まで、その認識は社会に深く根付いていませんでした。

生活費に埋も没した「住宅費」

現在の「住宅扶助」という、家賃相当額を個別に支給する制度が確立される以前、住まいの費用は食費や光熱費などと同じ「生活扶助」の中に、いわば包括される形でしか存在しませんでした。当時は「住宅料」といった名目で一定額が考慮されてはいましたが、その額は極めて低く、実際の家賃相場とはかけ離れたものでした。国や行政の意識が「まずは食うこと(食)」に向いており、「住むこと(住)」の重要性は二の次にされがちだったのです。

この制度は、当事者に大きな困難を強いました。渡された生活費の中から、食費を切り詰め、あらゆるものを我慢して、なんとか家賃を捻出する。家賃を払えば、食べるものがない。食べれば、住む場所を失う。常にそうした究極の選択を迫られる、あまりにも過酷な状況でした。

「貧困ビジネス」の温床となった現実

こうした状況は、残念ながら、生活困窮者を食い物にする「貧困ビジネス」が生まれる土壌となりました。
行政の目が届きにくいことを悪用し、一部の業者が劣悪な環境の施設を用意し、そこに生活保護受給者を集めて住まわせ、支給される保護費の大半を「利用料」として徴収する。こうしたビジネスが横行したのです。一つの部屋をベニヤ板で無理やり仕切っただけの、プライバシーのかけらもない住まい。暖房も冷房もろくになく、衛生状態も悪い。そこは「住まい」と呼ぶには程遠い、「収容所」のような場所でした。

しかし、一般の不動産市場から「生活保護だから」という理由で締め出されてしまった人々には、そこしか行く場所がなかったのです。「自己責任」という冷たい言葉が社会を覆い、助けを求める声はかき消されていきました。アパートの大家さんから入居を断られるのは当たり前。
「家賃を滞納されるのではないか」「他の住民とトラブルを起こすのではないか」「孤独死でもされたら後処理が大変だ」。そうした偏見や不安が、社会の側に厳然として存在し、彼らを孤立させていったのです。

これが、私たちが乗り越えてきた、決して忘れてはならない過去の姿です。

制度はできた。しかし、そびえ立つ「見えない壁」

過去の反省から、制度は大きく前進しました。その最大のものが「住宅扶助制度」の確立です。
これは、国が定めた上限額の範囲内で、家賃分を自治体が利用者に代わって大家さんや管理会社に直接支払う「代理納付」という仕組みを基本としています。
この制度は画期的でした。大家さんにとっては、家賃の滞納リスクがなくなり、安心して物件を貸し出すことができるようになりました。利用者にとっても、生活費の中から家賃を捻出する精神的・物理的負担から解放され、生活の再建に集中しやすくなりました。
大田区が属する「1級地-1」では、現在、以下の金額が住宅扶助の上限として定められています。

【大田区など(1級地-1)の住宅扶助基準額】

世帯人数 月額上限
1人 53,700円
2人 64,000円
3~5人 69,800円
6人 75,000円
7人以上 83,800円
※単身者の場合、居室面積によって上限額が変動することがあります。

※単身者の場合、居室面積によって上限額が変動することがあります。

数字の上では、この上限額内で家を借り、安定した生活を送れるはずです。しかし、現実は、そう単純ではありません。制度というレールは敷かれたものの、その前には、今もなお高く、厚い「3つの見えない壁」がそびえ立っているのです。

第一の壁:保証会社の壁

現代の賃貸契約では、ほぼ必須となっているのが「家賃保証会社」の利用です。しかし、この保証会社の審査が、生活保護受給者の方々にとって最初の大きな壁となります。保証会社の審査基準は、主に「安定した職業・収入」や「緊急連絡先の有無」です。生活保護を利用している方は、この基準を機械的に満たすことが極めて難しい。その結果、「保証会社の審査に通らないから」という理由で、契約のスタートラインにすら立てないケースが頻発しています。セーフティネットであるはずの生活保護が、皮肉にも入居審査の障壁となってしまう。この構造的な矛盾は、早急に解決すべき課題です。

第二の壁:大家さんの偏見の壁

住宅扶助の代理納付が普及したとはいえ、「生活保護」という言葉に対する根強い偏見や誤解は、残念ながら今も社会に残っています。昔から続く「家賃滞納」への不安に加え、「他の入居者とのトラブル」「孤独死のリスク」「何かあったときの手続きの煩雑さ」といった不安から、入居を拒否する大家さんや管理会社は少なくありません。一つ一つの物件のドアを叩いては、断られ続ける。その過程で、人の尊厳がどれほど傷つけられることか、私たちは想像力を働かせなければなりません。

第三の壁:物件不足の壁

仮に、理解のある大家さんが見つかったとしても、最後の壁が立ちはだかります。それは、そもそも「基準額内で借りられる物件が、圧倒的に少ない」という物理的な問題です。特に、大田区のような都心部では、単身者上限の53,700円という家賃で、安心して生活できる物件を見つけることは至難の業です。選択肢は、駅から遠い、築年数が古い、日当たりが悪いといった、何らかの妥協を強いられる物件に著しく限定されてしまいます。「住まいは人権」と言いながら、その選択肢が極端に制限されているのが、今の偽らざる現実なのです。

もちろん、行政も手をこまねいているわけではありません。「住宅セーフティネット法」に基づき、大田区でも「居住支援協議会」が設立され、不動産関係団体や福祉団体と連携し、住まい探しが困難な方へのサポートを行っています。しかし、その活動はまだ十分とは言えず、この「見えない壁」を根本から崩すには至っていません。

「壁」の先へ。私たちが大田区で創るべき希望のカタチ

過去を学び、現在の課題を直視した上で、私たちはどのような「未来」を描くべきでしょうか。私は、ただ問題を指摘するだけでなく、具体的な解決策を提示し、実現に向けて行動するのが政治家の責任だと考えています。その鍵は、私は「官民連携」と、新たな「資源の活用」にあると信じています。

未来への提言1:大田区の「空き家」を、希望の住まいに変える

今、日本全体で、そしてこの大田区でも「空き家」の増加が深刻な社会問題となっています。私は、この「問題」を「希望」に変えることができると確信しています。

具体的には、「大田区・空き家活用モデル(仮称)」の創設を提案します。
これは、空き家の所有者に対し、区がリフォーム費用の一部を補助するかわりに、その物件を一定期間、住宅確保要配慮者向けの住宅として登録していただく制度です。所有者にとっては、空き家が資産となり、安定した家賃収入が見込めます。入居者にとっては、質の良い住宅に、安心して住むことができます。そして地域にとっては、空き家が減り、防犯・防災上のリスクが低減します。まさに「三方良し」の取り組みです。これを実現するため、区内の不動産団体やリフォーム業者とも連携し、実効性のある制度設計を実現出来たらと思います。

未来への提言2:「伴走型」の居住支援体制の確立

住まいの提供は、ゴールではなくスタートです。特に、長年困難な状況にあった方々にとっては、入居後の生活を安定させることが何よりも重要です。そこで必要となるのが、「伴走型」の居住支援です。

これは、物件を紹介して終わり、ではなく、区のケースワーカーと、地域のNPOや居住支援法人が連携し、入居後も定期的な見守りや生活相談を行う体制です。例えば、ゴミ出しのルールや、町内会との付き合い方といった細かなことから、金銭管理、健康相談まで。こうした血の通ったサポートがあることで、ご本人は地域にスムーズに溶け込むことができ、大家さんも「何かあっても相談できる先がある」という安心感を持つことができます。人と人との繋がりこそが、最も強固なセーフティネットとなるのです。

未来への提言3:社会全体の「意識」を変える

制度や仕組みを変えることと同じくらい大切なのが、私たち一人ひとりの「意識」を変えることです。「生活保護」は、特別な誰かのためのものではありません。病気、失業、介護、災害…。誰の人生にも、予期せぬ困難は訪れます。その時に、ためらうことなく社会を頼り、再び立ち上がることができる。生活保護とは、そのための国民全体の「保険」であり、「権利」です。

この当たり前の認識を、大田区から広げていきたい。学校教育の場や、地域のイベントを通じて、生活保護制度の正しい理解を促進し、「困ったときはお互い様」と言える温かい地域社会を、皆さんと共に創っていきたいと心から願っています。

まとめ

私が子どもの頃、もし本当に生活保護を受けていたとして、そのおかげで我が家は「家」という名の砦に守られていました。だからこそ、今度は私が、そして社会全体が、誰かにとっての「最後の砦」とならなければなりません。

「ただいま」と帰り、心から「おかえり」と迎え入れられる。そんな温かい住まいを、この大田区で暮らすすべての人に。
その当たり前の日常を実現するため、尽力して行けたらと思っております。

大田区議会議員 佐藤 なおみ

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